最高裁判決「印刷用書体の著作物性」の声明文

最高裁判所は「印刷書体の著作物性」について、平成12年9月7日に判決を行いました。 約30年に亘ってタイプフェイスの著作権の認知活動を続けてきた、特定非営利活動法人(NPO) 日本タイポグラフィ協会はこの判決に対する下記の「声明文」を、2002年4月19日開催の第2期総会で発表しました。


一般的な印刷用書体は著作物とは認めがたいとした
最高裁判決について我々はこう考える。


平成14年4月
特定非営利活動法人 日本タイポグラフィ協会

最高裁判決は印刷用書体を著作物とした場合の弊害を次のように指摘する。

「この印刷用書体を用いた小説、論文等の印刷物を出版するためには印刷用書体の著作者の氏名の表示及び著作権者の許諾が必要となり、これを複製する際にも著作権者の許諾が必要となり、既存の印刷用書体に依拠して類似の印刷用書体を制作し又はこれを改良することができなくなるなどのおそれがあり、著作物の公正な利用に留意しつつ、著作者の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与しようとする著作権法の目的に反することになる。」

しかしここで用いられている「印刷用書体」には「一組」の概念が含まれていないと考えられる。「我々が考える印刷用書体(以下タイプフェイスと表記する。)」とは「記録や表示などの文字組に使用するため、統一的なコンセプトに基づいて作成された文字または記号等の一組の字種(*1)のデザイン」である。そのため正当な方法によって入手したタイプフェイスに含まれる字種を組み合わせることは使用行為(*2)であり、複製行為ではない。すでに、明治初期からの百有余年に亘り小説、論文等の印刷物を出版するためにタイプフェイスの権利消尽・黙示許諾の慣行があり、最高裁判決が指摘するような問題(*3)は発生していない。





上記三例に、我々はその文意以外にそれぞれに異なったイメージを呼び起こす。すると、その「イメージ」はタイプフェイスが創りだしたものに他ならず、タイプフェイスが「思想又は感情を創作的に表現したもの」であることは明らかである。著作権法の解釈によれば、著作物の創作性の大小、優劣、あるいは制作者の権威にも一切関係なく、総べての人の「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」はどのようなものであれ著作物と認められなければならない。然るに、最高裁判決のいう「顕著な特徴」あるいは「美術鑑賞の対象となり得る美的特性」が必須の条件ならば、それは誰がどのような基準によって判断するのか、果たしてそのようなことが可能であろうか。即ち、上記三例が著作物として認められるのならば、汎用書体としてわずかの差異しか有さない明朝体あるいはゴシック体といえどもそれらが著作物であることに疑いの余地はない。よって最高裁判決がタイプフェイスが著作物と認められる条件とした「従来の印刷用書体に比べて顕著な特徴を有するといった独創性」も又その指摘の根拠を失う。最高裁判決の法令解釈の間違い、あるいは他の著作物には要求しない、タイプフェイスのみへの不当な要求と言わざるを得ない。



さらに、最高裁判決は「わずかの差異を有する無数の印刷用書体について著作権が成立することとなり、権利関係が複雑となり、混乱を招くことが予想される。」という。しかし、混乱をさけるために著作物と認められないとする、最高裁の判断はタイプフェイスが著作物であることを認めた上で、「著作物から除外する」というに等しく、そこに論理の矛盾を指摘せざるを得ない。その上、混乱を避けるためにタイプフェイスを著作物と認めないとの主旨ならば、それこそ「著作物の公正な利用に留意しつつ、著作者の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与しようとする著作権法の目的に反することになる。」最高裁判決によれば「印刷用書体は、文字の有する情報伝達機能を発揮する必要があるために、必然的にその形態には一定の制約を受ける」。確かにタイプフェイスは常にそれ以前に制作されたタイプフェイスの影響から逃れることはできない。その意味で他の著作物と比較した場合その創作性は限定的である。しかし、そのことが著作物としてのタイプフェイスの創作性の特性であり、前述したごとく著作物は創作性の大小、優劣、あるいは制作者の権威とは一切関係なく、そのことでタイプフェイスの著作性を否定することはできない。 わずかの差であっても著作物と認められるのならば、最高裁判決が指摘する「既存の印刷用書体に依拠して類似の印刷用書体を制作し又はこれを改良することができなくなるなどのおそれ」もまた成立しない。タイプフェイスは前述の創作性の特性により、類似の書体とは同一の作風・書風あるいは様式として識別・分類・共存が可能であり、それが不正に複写・利用されたものでない限り著作権侵害が発生する恐れはない。



以上の理由により我々は「タイプフェイスは我々の文化を支える著作物の一つ」であることを改めて主張する。


(*1)現行の文字セットとしては次のようなものがある。

●JIS第1・第2水準漢字・非漢字、計6,879字。

 JIS第3・第4水準漢字・非漢字、計4,344字。

●常用漢字/1,945字、教育漢字/1,006字。仮名書体の場合は両仮名全字。ひらがな、カタカナのみのタイプフェイスも発売されている。

●欧文アルファベットの場合は大文字・小文字・数字・約物のセット以外に、大文字・小文字・数字・約物などがそれぞれ単独のタイプフェイスで発売されている。同様に日本語タイプフェイスでも数字・約物やその他の絵文字・記号類がそれぞれ単独で発売されている。

●その他にも、文字数は様々だが特定の企業・団体内部で使用される制定書体などがある。


(*2)組版(タイプフェイスに含まれる字種を必要に応じて並べ文章にすること。)は最高裁判決では「複製」と指摘しているが、その行為は音楽を聞いたり、本を読むことと同様な行為で、それは無断では行えない「複製」にはあたらず「使用」である。そのため組版後の印刷等も、もちろん「使用」である。


(*3)タイプフェイスの氏名表示は一組として紹介される書体見本帳やフォント媒体(文字盤・CD-ROM等)に求められ、単なる使用である組版・印刷等には氏名表示の必要は発生しない。




 
 
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